世談「小さな祈り」
論説主幹・深田実、中日新聞
もう十四、五年も前のことだが、イスラエルのテルアビブとエルサレムの間の峠道辺りにある「平和の村」と呼ぶ実験的共同体を訪ねたことがあった。
宿敵同士のユダヤ人とアラブ人が同じ村落に住み、一つの集会所、一つの学校を使う。融和の芽になるかもしれないと国際的話題となっていた。祈りの場も一つ。村外れの見晴らしのよい場所にある建物はおわんを伏せた半球型。装飾なし。入ると広さは十畳ほど。ここをユダヤ教徒もイスラム教徒も使う。座っていたら、男が入ってきて瞑想を始めた。祈り方は自由、説法を聞きたければ出かける。
宗教を争いの道具にするなという主張がここにはある。
それを思い出させたのは、名古屋で開催中の国際芸術祭あいちトリエンナーレの出品者の一人、李 旻河(イ・ミンハ)さん(韓国出身、三十歳)の仕事。彼女は世界中の祈りの言葉を集め、電熱ごてに似た器具で獣皮に焼き記し、それを作品としている。宗教が共通して求めるものを知りたいということだった。居合わせた象牙海岸出身の黒人青年は、現地のアカン語で「互いに愛せ」という意味の言葉を寄せた。
小さな祈りは世界中にあるに違いない。いつかかなえられてほしい。
2010.10.24 中日新聞、日本